私は保原高校を受験しようと思った。家から自転車で25分の距離にある。
今から何十年前にもなる。 その当時保原高校は、東高もなく一応進学高校だった。
中学3年の進路指導では、保原高校はギリギリで、梁川高校を勧められた。
中学にはいって、「英語」という新しい領域に興味を覚え、机に向かうようになった。
親に勉強しないといわれたことは、ほとんどない。
でも、数学はあまりで成績がよくなかったので、塾にいかされた。
元校長先生のところへ、木曜日にいくのだ。
何とか中学数学はクリアした。
なぜ、保原高校に行きたかったかというと、このまま洋品店の跡継ぎになるまえに
「キャンパスライフ」を味わいたかった。
大学生同士が5対5でお見合いするTV番組があった。
フィーリングカップル5VS5がそれだ。
楽しそうに盛り上がっていることが、あこがれだった。
受験の動機は不純である。
子供の頃から母親にお前は「跡継ぎ」という洗脳から、抜け出したかったのかもしれない。
梁川高校では進学、いや東京のキャンパスライフを満喫できるCHNCEが、消えてしまうのだ。
だから叔父さんや、いとこに協力を求め どうしたら成績が上がるかアドバイスをもらった。
何とかギリギリでボーダーラインをクリアし、合格できた。
テニスにあけくれ、授業も聞いていなかった。
面白いことにあれだけ逃げ回っていた数学や物理、化学などに最近興味が出ていた。
バウンドテニスは物理学だし、量子力学は哲学にも通じる、食べる野菜などのビタミンは栄養学だし
指導要領の変えてほしいものである。
そういった意味では「先生」「医師」「実業家」という夢もかなえられたかもしれない。
過去の羅列では、構造上の夢しか叶わないのである。
高校の話に戻る。
もう校歌忘れかけている。ホコウつながりで知り合いも多い。
滑り止めも考えず、よく合格したものである。
今日甥っ子が高校を卒業した。
チッチャかったのに、身長は私に並んだ。
高校の部活はラグビーを選んだ。
友達もたくさんいて勉強もそこそこできるらしい。
まもなく大学合格発表を迎える。

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