<関連記事> 事前にまったく予測できないものの、起きた場合には世界の風景を一変させてしまう極めてまれで、強い衝撃を受ける事象。 白鳥しか見たことがなく“白い白鳥”が当たり前だと思っている人が“黒い白鳥”を初めて見た時の衝撃と影響が「ブラック・スワン事象」。 9・11の同時多発テロや311の大震災と原発事故は、事前にはまったく予想できず、起きた衝撃と影響が世界を一変させたのがブラック・スワンということになります。これを一躍有名にした本がこちら(原書と日本語訳)。 ブラック・スワン-上-―不確実性とリスクの本質-ナシーム・ニコラス・タレブ
著者 ナンシーム・ニコラスタレブ
文芸評論家、実証主義者にして、非情のデリバティブ・トレーダー。レバノンでギリシャ正教の一家に生まれる。ウォートン・スクールMBA修了。博士号はパ リ大学で取得。トレーディングを行うかたわら、ニューヨーク大学クーラン数理科学研究所で7年にわたり確率論のリスク管理への応用を(客員教授の立場で) 教えた。現在はマサチューセッツ大学アマースト校で学長選任教授として不確実性科学を研究している。主にニューヨーク在住
私のNHKの報道を見ての感想。
まったく経験していないことに対しててのリスクヘッジは、資金がかかるうえ起きたことに対する危険度や過失の評価を低く見る傾向にあると、ニコラスタレブ氏は指摘する。
日本は小さな失敗を指摘する文化、恥というものがあって問題解決に閉鎖的な傾向があるとも述べている。
インタビューの最後にニコラスタレブ氏は、小「さな失敗を許容して、大きな失敗に備えよと」締めくくった。
私たちの行政や東電に対する不用意な発言は、さらに問題を悪化させる。
私は今回の原子力事故の報道だけでなく、報道の視点に疑問を持っている。
誰がどこでどのような過失を犯したのか?それが報道のメインのテーマになってはしないだろうか?
最近、新聞や雑誌だけでなく、TVの報道にもそういう傾向は強い。
責任の追及は必要なのだが、「誰が悪者か?」に議論が集中すれば、誰もが委縮する。
ひいてては何も決定できない事になってしまう。
起きている事実を把握し、何をすべきかはそれぞれの個人にゆだねられてる。
今回の原子力発電による危険を回避することにおいて、個人ができることを果たすことが私たちにとっての優先事項となる。
国政や東電あり方は、ほっておいても、いずれ責任を果たさなければならない時期が来ると思う。
また福島の原子力事故は、地球全体の課題として、どうあるべきかを冷静に話し話なければならない。
見識ある第三者の意見に耳を傾けることも、問題解決の一案になるのではないだろうか?

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